こどもの成長に関して勝手に目を細めるの巻

このGWで3年ぶりくらいに息子と会った。(そもそもそれを知らなかったとかそういう人はまた別途ご説明しますので聞いて下さい。)

 

今回会って愕然とした。

我が息子かと疑うくらいに愛想が無かった。

 

何を聞いても「知らん」「分からん」の一点張り。

小学校がつまらない、というから何でつまらないの?と聞けば

「つまらないから」

「何で?」

「つまらないからつまらん」

「え、なんか理由があるんでしょ?」

「わからん」

とこんなやりとり。

ついにひねくれてしまったか、もしくは早めの反抗期かと落胆したものだ。

 

その後、友人とその子どもたちとご飯を食べ、その後は友人の子供兄妹とすぐに打ち解けて勝手に遊びだした。

 

その後もずーっとその子達に遊んでもらい、そういう意味では全く手間はかからなかった。

 

その後、実家に帰ってみてもおばあちゃん達にもそっけなく、「もう帰る」とすぐに帰ってしまった。

 

なんだろう、今日一日いて楽しかったのだろうか。

しかしながらその後、色々な事がわかってきた。

 

友人はいいカメラを持っていたので多く写真を撮ってくれていたのだが、写っている表情どれもが本当に楽しそうにしていた。こちらとの会話では片鱗も見せないほどの笑顔だった。

 

そういえば、switchをプレゼントしたんだけど、

「嬉しすぎて笑顔が出んわ」

って言っていた。

 

そりゃ久しぶりなんだし慣れるまで時間がかかるよ、と姪っ子にも言われた。

そうだったのかも知れない。

 

友達の奥さんに今回全然つれないんだよね、と言った所、男の子なんてそんなもんよ、うちのもそうだからと言われた。

 

そんなもんなのかも知れない。

 

友達の兄妹は家に帰ってからもずっとうちの息子との話をしていたらしい。

なんでも今度3人で冒険に行くんだそうだ。

 

ふむふむ。

もう彼には彼の、彼らの世界があるんだな。

冒険なんて、イトーヨーカドーに行くことかも知れない。もしくは海や山や川、近くの公園に行くだけかも知れない。

 

でもそんな事はなんだっていい。知ろうとも思わない。彼らはそうやって成長していくのだ。もう会ったってパパと2人で遊びに行くより友達と遊んだ方がいいのだ。

 

これはとても寂しいことでもあるけど同時に嬉しいことでもある。

 

親ってそれを見守るだけなのだと思う。

自分も本当に自由にさせてもらった。本当に何も言わずに自由にさせてもらった。

 

自分も子供に対してそうありたいと思う。

 

こちらが提供できるのは最終的な心理的安全と金銭面の補助くらいなものだ。

そうすれば彼らは勝手に育つ。

 

今教育の仕事に携わっているので特に深く考えさせられる1日だった。

 

福沢諭吉はこういった

前略

すなわち学校は人に物を教うる所にあらず、ただその天資の発達を妨げずしてよくこれを発育するための具なり。

 

学校だけでなく、彼らを取り巻く環境もそうあって欲しい、そう強く思う。

 

自由に生きろ、My son!

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