心臓の弁膜症(僧帽弁閉鎖不全症)から復活してきました!

始まりは突然に

振り返ってみるといつからだろうか。4月の初めくらいからだったろうか。

それまで1日も止まることなく半年くらい活動をしていたが、どうにも咳が止まらなくなったのは。

まさか3月末に人間ドックを受けて、逆流性食道炎くらいで他の異常がなかったものだからまさかその後自分の身に下記のような事が起こるなんて思ってもみなかった。これでまたガンガン無茶出来る!とか思っていた。

初めは耳鼻科

始まりはたんと咳ってことで花粉症じゃね?という所から始まった。そういう訳で最初にかかったのは耳鼻科。

今は鼻水やたんなどがひどすぎるので薬を飲んで治まってきたら何がアレルゲンか調べましょう、なんてのんきな展開から始まった。

だが薬が全く効かない。一向に効かない。夜はいよいよ寝られないくらい咳き込むようになり、呼吸困難みたいになってきた。こんなのただの花粉であるわけがない。

次の診察日までとても待てる状態ではなく耳鼻科の先生にどうにもならなすぎる、と訴えるとちょっと他の所の異常かも知れないので内科に行ってみてください、とのこと。

これに合わせて逆流性食道炎も分かっていたのでそれでむせているかも知れない、と消化器内科にも平行してかかることに。

内科に行ってみると

内科の先生に胸の聴診などしてもらうが、肺炎とかでもないでしょうし、大きな異常は無さそうですねーなんてこと。普段基本的には病院に行かないし、普段から健康に気をつけてる自分がもうギブアップくらいになってるんだからそれは一大事。本当にしんどいんだと訴える。

では念のためレントゲンを、という事でレントゲンを撮ってみると・・・

肺が白くなっているので念のためCTも撮りましょうかってな事で撮ってみると・・・

肺に水が溜まっていますね、肺炎です。

っておい、大丈夫そうな事言ってたじゃないか。聴診器と呼吸だけではこんなもんなんだ。

まあひとまず原因が分かって、現象が分かりさえすれば怖くはない。

抗生物質と咳とかたんを止める薬をもらい、退散。これが効果てきめん。せきなどが一気に止まる。あ、肺炎だったのか、じゃあこれでこのまま治るんだなーとその時は思っていたのだが・・・

長引く肺炎

薬を飲めば症状は治まったものの、5月に入っても一向に完治する気配が無い。薬が切れる時間になれば咳き込んでくるようになる。そのうちいよいよ薬も効かない日も出てくるようになる。

流石に自分でも心配になってくる。

内科の先生も流石にちょっと異変を感じてきて、近くの大学病院で検査してもらいますか、となる。

ん?なんでだろう、肺炎の治療は投薬だけで済むとのことなので、ならばここだけで完結するのでは?と尋ねてみると肺から水を抜いたり、もう少し細かい検査をするためには呼吸器内科に行かないと分からない、ということで大学病院に行くこととなった。

紹介状を書く、と言うことは先生も何らかの疑わしい症状が懸念される、と言うこと。その先生の推測などを元に東海大学病院へと行くことになる。(先生が推測していた病気は結構深刻なやつで、病名は教えてくれなかった)

東海大学病院へ

紹介通りにまずは呼吸器内科の先生の診断。各種検査。結果として内科の先生が疑っていた肺から出血する病気(病名は忘れた)ではないだろう、ということが分かってくる。

そちらの病気では無いことはほぼ間違いないんですが・・・

先生はどうにも症状が肺炎だけではないのではないか、と言うことと心肥大や足の浮腫などが見られることから循環器内科と心臓血管外科で詳しく診てもらいましょう、と。

思えばこの呼吸器内科の先生が適切な疑いを持ってくれたから現在に至るわけだ。

ちなみに先生が考える症状だと何があるんですか?と尋ねると心臓の弁膜症だと。その時はふーん、としか思わなかったし、とっとと治って元気になりたいと思っていただけなのだが・・・

僧帽弁閉鎖不全症

循環器内科と心臓血管外科での検査の結果、恐らく心臓の弁膜症、僧帽弁閉鎖不全症でしょう、という診断を受けることに。心臓の病気?まさか自分が心臓の病気に?ただの肺炎じゃなかったの?

ということで5月末に正式に検査入院という流れになった。

検査入院の結果、正式に僧帽弁閉鎖不全症との診断を受ける。

正式に心臓病だったって事だ。どうも聞き慣れない心不全という響き。そういうのっておじいちゃんがかかるんじゃないの?正に青天の霹靂だった。

手術決行

まあ手術をしなければ治らない病気なので、手術を決断。とっととやってもらうことに。

費用も結構かかるわけでそれも1つのネックだった。保険適用で総額が大体150万くらい、そのうち3割負担というのが費用だった。この保険適用の手術は胸骨正中切開と言って胸をぱっかり開くものなので、術後の負担が大きいらしかった。

もう1つの手術は切開する部分が小さく、術後3日くらいで退院できるものらしいが費用が500万くらいかかるらしく、選択の余地は無かった。うーん、このくらいの歳になったらそれでも何とか払えるとかそういう風になってるはずだったんだけど・・・

手術日

結局手術は6月の真ん中に決定した。前日から入院して次の日には施術。成功確率の高い手術ではあるものの、やっぱり心臓の手術となると流石にビビる。

というか途中から考えても無駄なので考えることをやめた。手術当日だって麻酔で寝てしまうんだし、その後目覚めたらあいたたたってなるだけの事だろうと。考えれば考えるだけ怖いわけなので想像しないようにした。

手術の前日には詳しい説明を受ける。最悪心破裂するとロスト(死)しますねと怖いことをさらっと言われる。その確率は非常に低いらしかったが・・・

この弁膜症の手術はいくつかパターンがあり、1.修復、2.生体弁、3.人工弁となっていて一番いいのは修復だ。

人工弁に取り替えると、血をサラサラにする薬、ワーファリンを一生飲み続けなければいけない。生体弁は薬を飲まずにも済むが、生体弁自体の寿命が10年程度なので、再度交換しなければならない。高齢の患者さんに適用される事が多いようだ。

ということで自分の選択肢は2つ、修復か人工弁かということだった。人工弁だけはやだなーというのが唯一の願いだった。そしてこればっかりは心臓を開けてみないと判断出来ないと言われる。

当日手術室に入ると、そこには同じく手術を待つ小さな女の子が。何の手術かは知らないが、こんなに小さいのに手術を受けるなんて・・・何だか自分も頑張らなければ!と強く思わされた。まあ麻酔で寝てるだけなんだけど

手術後

手術後、目覚めた時に口に管も突っ込んである状態で話しもできないのだけど、とにもかくにも気になったのは人工弁か否か。今後の人生に影響するわけだから真っ先に知りたかった。

話せないので看護師さんに筆談で修復か人工弁かを尋ねてみると、人工弁ですよと言われ、ショックを受けつつありがとうと書いて再び眠りに落ちた・・・

が、次に目覚めてみると先生と家族がいて、先生の口から修復でしたよという事を聞かされて一安心。

そして手術の次の日、まだICUにいて意識も若干ボーッとしている所でカレーが出てきて食べたのだけど、我ながら良く食ったと思うし、出す方も出す方だと今更ながら思う。

その後、ICUには三日ほど、その後一週間ほど通常病棟で10日ほどで出てくる事が出来た。若くて元気で良かった。じいさまだったらとてもじゃないだろう。

通常病棟ではどんどん元気になってきて、そこで担当してくれた先生のエピソードを聞くことになる。

なんでも先生はワーカホリックというか大変忙しい先生で普段も病院に寝泊まりし、手術の前日は次の日の手術のイメトレなどをして過ごされるらしい。プロフェッショナルだなぁ、いい先生にあたって良かった。

経過

結局7月から復活してどんどん動こうと思っていたのだけど、やっぱり完全ではなくてのんびり過ごしてしまった。リハビリのために良く歩き、たまに出かけるようにしたり(運良く清宮のホームランも観ることが出来た)そんなこんなでようやく今に至ります。

そして今になってほとんどカンペキな状態になってきた。特に見た目は全く健康体にしか見えないからたちが悪いのだけど。

仕事の方も滞ってしまったし、これからどんどん盛り返していかなければならないところ。

本当は今週末に控える後輩のインカレを応援しに北九州に行きたかったのだけど、流石に今回は大事を取っておいた。これからの人生、まだ運動もしたいし、ちゃんと直してからまた無茶します。

この病気になったことも心配をかけるのが嫌なのでほとんどの人には言っていませんでした。とにかくこれからは普段通りに戻りますのでご心配なく!

お世話になっている方々には色々とご迷惑をおかけしている部分もあるかと思います。すみません。

その間、支えてくれていた人たちありがとう。

これから徐々に盛り返していきますので、これからもよろしくお願いします。

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