天変地異でも来るのか?災害における合理的な判断と感情的な判断とは?

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鬼怒川周辺の方々、今回の関東・東北豪雨で被害を受けた方々、一刻も早く元通りの生活が出来るように願っております。

最近、気象状況が明らかにおかしいなーとは多くの方が感じている部分では無いかと思います。

今朝は東京で大きな地震もありましたし、何だかとんでもない事が起きるような起きないような。まあ実際起きた所で何も出来ない訳で通常通りの生活をする他ありません。

そんな訳で今回は災害について少し考えてみました。

津波てんでんこの話

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三陸地方にはこのような伝承があったわけですよね。

先人が残してくれた知恵ですよね。

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さらには三陸海岸を望む高台には上記のような石碑があるそうです。

津波に飲まれるからこれより下に家を建てるな。

でも現実には多くの家が流れてしまった訳ですよね。

原発・放射線からの逃避

本当かどうか分かりませんが、こんな話があります。

福島の原発近くにいた方が放射能を危惧し、新潟に引っ越し、そこで雪かきしていて屋根から転落して死んでしまった、と。

人生の無常を感じる次第ですが、ここでの一つのポイントは避難指示区域では無い場所にも関わらず引っ越した、と言うところです。

放射能の人体への影響など、正直科学的なエビデンスは今のところ明確には出ていないのが現状でしょう。

それとは逆に、長年住み慣れた我が家、避難指示区域内に家のある方は何とかして帰りたいと思っている方もいるでしょう。

現在、避難指示区域は奇形など一部認められるものがあるようですが、野生動物達の王国になっているようです。元気に育っているんですね。

河川敷や山のふもと

さて、今回鬼怒川が氾濫した事で大きな被害が出ました。

元々河川敷は氾濫に危機と隣合わせですし、山崩れが起きそうな崖の下なども同様のリスクを帯びている住居地域と言えるでしょう。

こうした例が正に合理性と感情的な判断のはざまなのでは無いでしょうか。

住み慣れた・・・(変化が嫌)

危険はあるけど・・・(今までは無かった)

もちろん自然災害には予測のしづらいものも多いと思いますが、誰でも分かるようなものもあるはずです。

「命あっての物種」

皆さんはどういう判断をされますか?

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