羽生結弦と高校野球の件、桜木花道を誰が止められたか

FSKATE-CHN

羽生結弦の強行出場、為末大さんらが懸念「命の危険から守るべき」.

羽生の結弦っちが大けがをして強行出場したことに賛否が分かれている。

ちょっとすぐには自分でもどちらがいいのか?単純な二元論ではないと思うけど考えがまとまらなかったので、少しちゃんと考えてみた。

 

桜木花道を誰が止められたか

我々の中学時代、これをきっかけに圧倒的にバスケ入部者が増えた伝説のマンガ「スラムダンク」。今の時代は黒子のバスケらしいですね。

さて、この中の主人公桜木花道について考えてみましょう。

 

いわゆるスポーツにはその場その瞬間に全てを懸けているからこそ生まれるドラマがある。

花道はインターハイの山王戦、選手生命の危機もある背中の故障を押して出場する。

「オヤジの栄光時代はいつだよ...全日本のときか?」

「オレは今なんだよ!!」

そう、こういう状況をもって、誰も彼を止める事は出来ない。将来の事など考えずに。

実際、ここで無理して出場し勝利を収めるものの、その後長いリハビリに入る事になる。

 

少しひねくれた大人として、現実的に考えてみる。

仮にあそこで選手生命を絶たれた場合、花道は元来ヤンキーな訳で恐らく単純労働に従事、町のチンピラのように過ごす可能性は高い。あくまでも可能性。

高校時代は輝いていたが、今は完全に廃れたおっさん、みたいな末路は容易に想像がつく。

どっぷり太ってあの頃は良かった、なんて居酒屋でとぐろ巻いてたら最悪ですよね。

マンガとか物語にはその後を描写する事が無い。だから一見現実離れしてその瞬間に没入出来る。

それにこんな現実的な事言ったら冷めちゃいますもんね。

 

という事で、現実的にその選手の人生を考えた場合には、熟考する必要がある。

高校野球のピッチャー問題

甲子園、ピッチャーの連投・酷使が問題になっている。

でもこれって大抵は外野が騒いでいるだけで、当事者はそんな事考えていない。

甲子園って出て意味があるの?とか言う奴に限って甲子園に出て無かったりする、ような感じです。

それこそ花道と同様、目の前の事に全力を注いでいる。だからこそドラマが生まれて、感動が生まれる。

 

将来の人生設計が無い、とか言う人もいるけどその通り。そんなもん無いですよ。そもそもそんな事考えている暇など無い。余計なお世話も甚だしい。

スポーツなんて目の前の技術を上げる、勝ちたい、その一心でやっている訳で。だからこそ研ぎ澄まされて、余計な事を考える人間には負けなくなる訳で。

自分自身、ソフトテニスを始めたのなんてプロがあるかどうかとかそれで生活するかなんて1ミリも考えていないんですよ。

先輩たちが入った流れで自分も入って、そしたらとことんはまった、というだけで。

 

結局、それで培ったものが活かされて大抵の事は出来るようになるはずで、本当に心配ご無用なんですよね。

逆に、プロになったけど、その後で脱落した、という人の方がよっぽど修正が利きづらい。その辺はまた後日考えてみましょう。

 

それにしても甲子園のピッチャーはそれだけで一生を棒に振る事も出来ないので、何らかの制限を設けてもいいかも知れない、とも思い至りました。

ただ、故障をしない、というのも選手の一つの要素であるのも事実ですし、どんなにいい曲があっても売れなければ誰も知らないミュージシャンとかとも似て非なる部分ですね。

どちらにせよ、ある程度適切に保護して将来活躍できる可能性を上げる、と言うのは必要かと思います。

 

サッカー選手の流血退場に倣う

それこそファルカオだったりロイスだったり、W杯を前に故障で涙を呑んだ選手もいる。

サッカー選手にとっては何事にも代えがたい夢だろうW杯。無理して出場して(パフォーマンスが悪くなければ)、くらいの覚悟はあるに違いない。

ただ、彼らはプロで職業な訳で、そこで選手生命が絶たれたら終わりなのだ。生活がかかっているから、シビアに、現実的にならざるを得ない。

 

サッカーは今、出血したら止血するまで退場だ。

何でも、これはバスケでマジックジョンソンなどがエイズをカミングアウトした後くらいから、出血時に相手チームだけでなく味方チームも嫌気するようになってしまった。

そのため、血が止まらないとプレーさせないようになった、という流れを汲んでいるらしいです。

なので、このように本人の意思とは関係なく一定の基準を設けて制限をかける事はアリかも知れない。

レフェリーストップ制ですね。線引きは非常ーーに難しいと思いますが。

 

結局、偉大な記録とけがは関係ない

もちろん0では無いと思いますが、そこで選手生命を絶たれたが、誰もが知っているような本当に偉大な記録を残した!

っていう人あんまり聞かないですよね?戦争や武道では美談として聞いたりすることはありますけど。

つまりスポーツの世界において偉大な記録を残す事と怪我の相関はあまり無いように思います。

あそこで怪我してなければ・・・とかたらればの世界ではいくらでもあると思いますが。

 

という事で、観客をその場の無責任な感動に包む事が目的ではなく、結果的にその選手がベストパフォーマンスを出してくれるのが理想な訳ですよね。

なので、その場は涙を呑んでも、次につなげる考え方の方がいいのかも知れない、という考えに至りました。

そう、結局は何かあってもそれを乗り越えて結果を出す人は出す訳で。それにそもそも怪我しなかったり、運みたいなものも無関係ではないと思います。

インドのサッカー選手のように得点後、バク転してそのままみたいな方もいましたしね・・・

 

冷静に、客観的に外部から判断して、プレーをさせるか決める、ことでしょうかね。

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