留学が目的にならないこと!その先にある・・・何でしょね?

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さてさて。

昨今、そしてこれからも続々と教え子たちが海外に留学する、していくことになるだろうと思うので書いておきます。是非読んでみてほしい。

まず「留学」という事自体を否定はしません。これがこの記事の大前提です。その上で考えてほしい事がある、という事です。

 

最近では英語教育は過熱気味。やれグローバルだ、若者は海外に飛び出せ!だのと言った論調が多い。

それはそれで本当にその通りで、通貨の概念が変わり、そして究極的にはどこの国に税金を納めるのか?というだけのような国境がボーダレスの世界になるのは遅かれ早かれ間違い無いだろう。

自分は結構右寄りな考えと言われる事が多いのですが、こんな時代、もう右も左もなくなると思うのです。個人的に愛国心、つまり所属しているコミュニティへの愛情というか忠誠心というかそういうものは強いのは確かですが、その大本の国、という存在自体が変わろうとしている時代なので、そこに固執する事はもう無くなってくるように思います。

 

さて、「留学」自体が目的にならないこと!と題した訳ですが、では留学の最たる目的は何か?

ずばり「語学の習得」のみ、でいいと思います。(後述で、若干これを覆します。)

 

もちろん、この他に重要な異文化コミュニケーション、多国籍の人脈形成、色々とあります。色々とありますが、一人間が色々と成し遂げられない事を考えるとつべこべ言わずに語学を学んできなさい、と思ってます。

今であれば絶対的に英語か中国語でしょう。実際のところ、何でもいいんです。現在では使用されている率が高いもの、特に英語は世界共通言語として広まっているので、ここを覚える事のメリットは大きいでしょう、というだけです。

なので、他国の文化を知った、とか外人の友達が出来た、とかは自分の経験に付加価値をつけたいだけであって、後付けに近いものがあるでしょう。誤解を恐れずに、はっきり言って、大して何も手元に残らず帰って来るのだから、英語くらいは話せるようになって帰って来い!という事です。

 

また、今の時代、学問においては現地に行かないと学ぶことは出来ない、という事はほとんどない。日本にいてアメリカの大学の授業が「無料」で受けられる時代です。

まして、途上国であれば、それより数段進化、洗練された内容が日本では十分に学べるはずです。

 

で、これは若い人向け、25歳くらいまでの人には大体当てはめて考えていいかと思います。

大先輩の元経済企画庁長官がおっしゃっていた名言をここで紹介します。

「地方のパン屋さんに英語は要らないんだよ」

 

そう、その通りなんです。ほんとーにその通りなんです。これは本当に本質を突いてます。

そう、留学、語学習得をして、で?ってこと。その部分を考えていない人が本当に多い、と思われる。

 

より良い人生のために色々な経験は糧になる。はい、そのように思います。ただ、「苦労は買ってでもしろ」とかいう論には大反対です。

しなくていい苦労はあるし、回り道をしなくてもたどり着ける道はある。日本人はどうも苦労を美徳とするような所があるのでこういうのが礼賛される傾向がある。(らいさんなのね・・・ずっとれいさんだと思ってた・・・)

 

つまり!留学はその先にある自己実現のために目標が定まった時に最大の効果を発揮する、という事。

上記の例でいけば、パン屋さんがパンを極めたいので、フランスに行ってフランス語を学んでパン修行してくる。こういう留学であれば文句なしでしょう。

ある程度の歳で、上記でいけば26歳以上とか20代後半で留学となったら目標が明確でその実現のプロセスに留学を組み込むというのは意義があるでしょう。(現実はそうじゃない人も多いでしょうけど。)

 

で、若い人たちの場合、ぶっちゃけそこまで明確な目標は無いでしょう!(あったらごめん・・・)

あればそれはそれで素晴らしいけど、まあ正直なところ無ければ無いで構わない、と思います。だから、せっかく行くのだから語学だけでも修得して帰って来い!という事になるわけです。

 

また、ほとんどの人は英語に対するコンプレックスを持って海外に渡る訳だと思うが、最初にぶつかる壁は何か?

英語!じゃないんですよね・・・最大の壁は「コミュニケーション能力」だろう。コミュ障なんて言葉が流行っている現代には相当高いハードルかも知れない。実際には英語の問題よりこちらの方が大きいはずなんです。

なので、大抵の人は物怖じしてしまったり、色々溶け込めなかったり・・・そういう事の方がよっぽど多い。これを「性格」とか国民性みたいに断じてしまうのは少々問題。人間は変わろうと思ったその瞬間から変われる訳で。でも育った環境も大きい訳で・・・

ただ実際、英語なんか話せなくたってコミュニケーション能力に長けた人間は海外で逞しくやってます。特に他の国の人なんかほんと逞しい。

 

※ちょっと話は逸れるけど、個人的に大好きなサッカー、インテルの長友選手なんかはコミュニケーション能力が相当高いらしい。チームに完全に溶け込んで愛されてるんだろうなと傍から見ても分かる。

スポーツ選手が海外で成功するために必要な能力の一つかも知れない。

 

まあ大体その辺で気づく訳です。

あれ、本当に必要なのは「語学」(英語)じゃないな?って。

 

世界とつきあうための英会話は中学英単語だけで充分?

本当に話すだけ日常会話だったらこれくらいで充分という事にも気づく。前述の経済企画庁長官の弁を補足しておくと、もちろん英語の重要性は否定していません。外交レベルのトップクラスの人間には他国の人間とやり合うための完璧な英語が求められている。そこは決定的に弱い、と嘆いていたわけですけども・・・ただ、大半の人にはそこまでのレベルは必要ない。一般の人が考える「英語ペラペラ」ってかなり簡単なんです。

 

まして、大学受験の際に英語を勉強してきた人であれば、本当に十分。センターなんか100-120でもあれば本当にいわゆる「ペラペラ」になるには事足りる。

あんまり信じてもらえないですけど。本当に充分なんですよね。

 

そんでもってここで言いたいのは、海外生活とか英語とかに目を奪われるのではなく哲学的に生きる目的をしっかりと考えて将来の方向性を決めて・・・とかを推奨する気は甚だありません!

実際、自分の目標がカチっと定まって動き出している人の方が少ないでしょう。いいんです。曖昧で。

もちろん、考え抜いた末に行動をした方が物事の成功確率は上がるでしょう。でもその考えている時間によって失われている機会損失もある事は間違いない。

また、闇雲に動き出す事も推奨しないけど、やっぱり何も動けないよりは動き出す方がいい。

 

だから何か?って事は言いたい事は何でしょか?

物事に正解なんてないから、分からない!じゃ困るんで一応結論づけておくと、「物事の本質を見る」という事に集約されるのではないか、と思います。

アシタカ的に言わせてもらうと「曇りなき眼で見定め、決める」という事ですね。

留学?ああいいね。じゃあその先は?って事ですよね。

 

もちろん、目標達成までのプロセスに留学が必要ない人もいるでしょうし、本当に必要な人もいるでしょう。目標が定まった人の動き・成長は早いです。強いです。知り合いにも何人かいます。

留学、その先に何がやりたいのか?良く考えて、出来る限り早い段階でそれを見つけて欲しいなと思います。

 

で、これらの大半は自戒です。MBAを終えて、英語も使わず日本にいて、無職になっている私が言ってるんです。

だから、後進の皆には同じ轍は踏んで欲しくない、そういう気持ちで書いてます。

実際には今やっているサービスは24,5歳くらいの時の技術で事足ります。もしその時から一心不乱に今のビジネスに打ち込んでいたら・・・まあそう考えても仕方がないので目の前の事を頑張る他無いんですが。

 

自分の人生でしなくて良かった事は無いのか?前述のように誰しも自分の経験を否定したくは無いから、あれこれ価値をつけたがる。

ただ、目標達成のための最短距離を取った場合、それは必要だったのか?それを考える必要があると思います。そして、過去を振り返るよりこれからの未来に対して、打算的にとは言わない。論理的に考えて判断を下して行動していって欲しいと思います。

 

さてさて、では最後にこのように無責任に締めさせていただきたいと思います。

「好き勝手にやれ」と

 

長々ありがとうございました。

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